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「(スイスの)民主主義は正常にその機能を発揮している。
公けの義務は公平に分担されている。
このように基本的権利がよく保障されている国が、他に数多く見られるだろう80パーセントもの人々が、核戦争の勃発は必至と見ていた。
それを回避するために西側は戦力増強を図って、何とか軍事的バランスをとろうとあせっていた。
その中で「戦争が起きたらおしまいよ」と諦めることなく、守るべき価値を説いて、核戦争を生き抜こうとしている人たちがいることを知って私はショックを受けた。
自分が死んでも守るべき価値、伝統と文化を後世代に引き継がせようとすることこそ教育というものではないか。
古来、一国の伝統とか文化は死者から生きているものへ引き継がれて続いてきた。
確たる「民主主義」の土台の上で、行政は多様の生き方ができるように学校を用意するというのが、スイスの教育に対する考え方である。
これは西欧先進国では至極当然の考え方だが、日本では教育の現場で、教えるべき民主主義の態様までが議論される。
北朝鮮のような人民民主主義国や中華人民共和国までを民主主義の一態様と強弁してしまうから、真の民主主義が何かということすら、忘れられてしまうのだ。
スイス社会を見るまでは、私は日本もそこそこにでき上がった民主主義国と信じてきたが、実は中央集権による官僚内閣制の国家で、民主主義とは似て非なるものだと認識するようになった。
北朝鮮や中国、かつてのソ連も民主主義国の一員であるというような論調なのだという。
折角つくった農業高校、工業高校、工業高専などはひと頃は差別扱いされて、猫も杓子も普通高校に行くようになった。
その子の個性を選別して、その特性に従った学校を選んでやるのが進学指導なのに、偏差値で輪切りにして「君はこの学校しか入れない」とか、偏差値が良いばっかりに、本人もまったく興味がないのに「医学部に行け」ということになる。
最近おかしな医者がやたらに目につくのは、明らかに偏差値進路指導のせいではないか。
スイスの農業高校を卒業するとマイスターの称号が与えられる。
ハムやチーズづくりの親方の資格を持ち、ハムエ場も経営できる。
工業高校を卒業した者は工場の現場で指導的役割を果たせるという。
日教組は高校全入運動を進めてきた。
国民が総体的に学歴が高くなることに異論はないが、全入運動と普通科教育重視とが並行して進められてきたのは大きな間違いだった。
スイスでは中学に入る時、3年後の高校を想定してコースを選ぶ。
たとえば将来、大学に行こうという中学生はラテン語の授業が不可欠である。
とくに哲学とか文学、牧師を志望するコースは、ラテン語が必修でとてつもなく難しいのだという。
中学のあとには4年制の農業高校とか5年制の工業高校など複線の高校がある。
途中で志望を変えることもでるが、中学や専門高校から普通大学に切り替える時は予備校でラテン語を叩き込まなければならない。
日本では大学で歴史や文学を志望する者でも、とくに漢字を叩き込まれるということはない。
そのせいで誰もが古典を読むのにひと苦労する。
せめて学者になろうとする者には、中学時代から漢字を教え込む必要があるだろう。
ところが日教組や文部省(現・文部科学省)によると、そういう選別教育や特殊教育は差をスイスでは一度も聞いたことがない。
あれは民主主義国とはいわないことをすべてのスイス人は知っている。
日本ではそれを教えて初めて、まともな教育論に入れるのではないか。
当時、日本の会社は偏差値の高い一流大学から何十人とまとめて採用していた。
スイスでは法学部を出たようなゼネラリストは一社に2、3人いれば良く、あとは専門職をとるという考え方だった。
ところが日本では何十人もまとめてとって社内で教育をし直すという。
高度成長期の日本は教育投資をする余裕もあったし、何よりも”個性”などというものを嫌っていた。
すべて横並びが重宝だったのだ。
帰国子女などは私立学校でも敬遠されたし、会社も喜ばなかった。
何しろ、個性などは邪魔だったのだ。
給料も年功序列。
抜擢人事をやろうものなら、本人も周囲も全員が不幸になるという雰囲気だった。
この奇妙な平等社会は教育がっくり出したものなのか。
現実がそうだから、それに合わせた教育を目指してきたのか。
いずれにしろ、こういう日本的悪平等社会が崩壊しつつあることは結構なことだ。
私は1980年(昭和505年)に帰国して間もなく、S内閣が設けた臨時教育審議会(臨教審)の専門委員を委嘱され、勉強しているうちに国際的な変化が日本の教育制度を直撃しつつあるのだということに気付いた。
それまでの日本は殖産興業の一点張りだった。
国家が資金や資材を調達し、育成すべき産業を徹底的に支援した。
安くて品質の良いものが一気に輸出されていくものだから、輸出先は集中豪雨に見舞われたように、地場産業が目茶目茶に崩壊する。
経団連の調査団やU対外経済相らは、そのことに気付いていて、U氏などはいつもこう警告していた。
「日本人はこれが競争だと思い、競争で勝つのだから仕方がないと主張しているが、競争力を強めるに当たって国家がどれだけ支援したか。
その結果の強さだから、米欧は自然な競争だとは思っていないのだ」。
ある年、ヨーロッパにボールベアリングが集中豪雨的に輸出され、日本があっという問に市場を独占してしまったことがある。
日本製自動車が米国を席捲し、米国の自動車会社がバタバタいった時、米国の経済学者の半分ぐらいは、車が安くなるのは米国の消費者が利益を受けることだから、倒産もやむなし、と言っていた。
最近、中国産の「U」という暖い衣料が日本市場を席捲している。
これは日本のメーカーがつくらせているのだが、他の日本のメーカーが騒いで、政府に緊急輸入制限を働きかけている。
スーパーやコンビニができれば、近所の個人商店は打撃を受ける。
自民党は個人商店の味方に立ってスーパーの設立を抑える発想だが、消費者の利益や利便は誰が代弁してくれるのか。
それはともかく、日本の教育は、経済では常に日本が競争に勝つ、したがって会社は無限に大きくなる。
という前提で考えられてきた。
きっちりと年功序列が行われていたということは、年相応になれば、会社も大きくなって課長や部長のポストもふえていたことを物語る。
国家がバックアップして世界市場を席捲するというやり方は、国際的な自由市場観では異質な資本主義国と見なされていた。
ガット(現WTO)の東京ラウンド交渉などでは、工業製品で自由貿易を主張する反面で「農業は別だ」という主張は筋が通らないではないか、と非難されていた。
U氏は「まだ日本は資本主義の途上国なんだよ。
そのうちに袋叩きに遭うだろう」と、いつも悲観論を述べていた。
日本の極めて我が儲な態度が許されたのは冷戦という特殊事情があったからである。
概してヨーロッパ諸国は日本に対して厳しかったが、米国が「この際、日本も西側同盟の一員なのだから、少々のことは目をつぶれ」と、なだめる態度だった。
日米の蜜月時代はロン・ヤスの時代がピークだった。
日教組の悪平等主義が、ある期間、成り立ってきたのは、国際経済の中で、日本が順調に伸びてきたという好条件があったればこそである。
平等主義が日本の好況をもたらしたわけではない。
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